睡眠障害
睡眠障害は、寝付きが悪い(入眠困難)、途中で目が覚める(中途覚醒)、早朝に目が覚めて二度と眠れない(早朝覚醒)といった症状や、日中の強い眠気など、睡眠の量や質が不十分な状態の総称です。不眠症は代表的な睡眠障害で、十分な睡眠を取れないために日中の活動や気分に悪影響が出ます。
睡眠は記憶や学習、免疫機能、代謝、感情調整に深く関わっており、慢性的な睡眠不足は集中力や判断力の低下、仕事や学業のパフォーマンス低下、交通事故や労働災害の増加に直結します。また睡眠とメンタルヘルスは相互作用しており、うつ病や不安障害と不眠症が共存することが多く、双方を同時に治療することが重要です。質の高い睡眠は生活の基盤であり、心身の健康を支える重要な要素として位置付けられています。
統計と実態
睡眠障害や不眠症は非常に一般的です。米国の調査では5,000万〜7,000万人が睡眠障害を抱え、成人の約3分の2が一時的な入眠困難や途中覚醒を経験すると報告されています。推奨される睡眠時間は成人で概ね7〜9時間ですが、約3人に1人はこの時間に満たない睡眠しか取れていません。慢性的な不眠症は10〜15%にみられ、女性は男性より約4割発症しやすく、加齢とともに症状が増加します。レストレスレッグ症候群は成人の5〜10%、ナルコレプシーはおよそ2,000人に1人の割合で発症するとされています。睡眠障害は日中のパフォーマンス低下だけでなく、抑うつや不安症状の悪化、糖尿病や高血圧といった身体疾患の増悪にもつながるため、早期の理解と治療が重要です。
日本人成人の約20〜30%が「眠りたい時間に眠れない」と訴え、欧州各国でも成人の約3割が慢性的な睡眠不足に悩んでいると報告されています。特にシフトワーカーや医療従事者など不規則な勤務に従事する人は概日リズムが乱れやすく、睡眠不足が事故や心血管疾患のリスクを高めるとの報告もあります。高齢者では50%以上が何らかの入眠困難や早朝覚醒を経験し、社会的孤立や身体疾患が睡眠の質を悪化させます。小児や思春期の睡眠問題も増えており、スマートフォンやゲーム機の長時間使用が原因となることがあります。
国際睡眠障害分類(ICSD-3)では睡眠障害を以下の6つのカテゴリーに分類しています。
- 不眠症群 – 入眠困難や中途覚醒、早朝覚醒が続き、日中の倦怠や集中力低下など生活機能に支障をきたす状態。
- 睡眠関連呼吸障害群 – 睡眠時無呼吸症候群や低換気症候群など、呼吸の異常によって睡眠の質が妨げられる障害。
- 中枢性過眠症群 – ナルコレプシーや特発性過眠症など、過度の眠気を主症状とする状態。
- 概日リズム睡眠覚醒障害群 – シフトワーク障害や時差ぼけ、概日リズム睡眠相後退症候群など、体内時計の乱れに起因する障害。
- 睡眠時随伴症群 – 悪夢障害やレム睡眠行動障害、睡眠時遊行症(夢遊病)など、睡眠中の異常行動を伴う障害。
- 睡眠関連運動障害群 – レストレスレッグ症候群や周期性四肢運動障害など、脚の不快感や不随意運動によって眠りが妨げられる障害。
原因・リスク要因
睡眠障害の背景には複数の要因が絡み合っています。ストレスや心配事、昼夜逆転やシフトワークなど生活リズムの乱れ、夜間のスマートフォン使用、カフェインやアルコールの摂取、騒音や室温など睡眠環境の乱れが代表的です。また、女性や高齢者では不眠症のリスクが高く、閉経前後の女性の約39〜47%、閉経後の女性の35〜60%が睡眠障害を抱えることが報告されています。睡眠時無呼吸症候群のような睡眠関連呼吸障害や、ナルコレプシー、レストレスレッグ症候群など他の睡眠疾患を合併するケースもあります。うつ病や不安障害、認知症、慢性疼痛、甲状腺疾患などの身体疾患や特定の薬剤の副作用も不眠を引き起こします。加齢に伴い睡眠の質は低下し、高齢者では睡眠が浅く短くなりやすいため、日中の活動量の確保や規則正しい生活習慣が重要です。
さらに、近年では夜間のブルーライト曝露や長時間のデジタルデバイス使用が深部体温の低下を妨げ、脳を興奮状態に保つことが睡眠障害の要因として注目されています。乳幼児の夜泣きや高齢者の介護を担う家族、出産後のホルモン変動などライフステージ特有のストレスも睡眠の質に影響します。一定の運動習慣や日中の屋外活動の不足、偏った食生活、カフェイン感受性の個人差もリスク因子として考慮する必要があります。
治療法
治療は原因に応じて多面的に行うことが重要です。睡眠時無呼吸症候群やレストレスレッグ症候群が疑われる場合は専門的な検査やCPAP療法、鉄剤治療などの対策が必要となり、内科疾患やうつ病・不安障害など基礎疾患の治療も欠かせません。そのうえで、睡眠障害全般に共通する第一選択として睡眠衛生指導と認知行動療法(CBT-I)を実施します。睡眠衛生とは寝室の環境を整える、就寝前のスマートフォンやカフェインを控える、毎日同じ時間に起床する、日中に適度な運動を行うなどの生活習慣の改善です。CBT-Iは通常6〜8回のセッションで構成され、睡眠制限療法で実際の睡眠時間に合わせて就床時間を調整し、刺激制御療法でベッドを眠るためだけの場所に限定し、リラクゼーション訓練や睡眠衛生教育を行います。加えて、認知再構成法では「眠れないのではないか」という過度の不安や誤った考え方を修正します。これら複数の技法を組み合わせ、睡眠に対する行動と認知を変えることで慢性不眠症を改善させる治療法であり、米国やヨーロッパのガイドラインで第一選択として推奨されています。
薬物療法
薬物療法は短期間の補助的手段として用いられます。代表的な薬剤には以下があります。
- ベンゾジアゼピン系睡眠薬(フルラゼパムなど) – 脳の活動を抑えて眠りやすくしますが、依存性や翌日持ち越し効果に注意が必要です。
- 非ベンゾジアゼピン系睡眠薬(ゾルピデム、ゾピクロン、エスゾピクロン) – 筋弛緩作用が少なく入眠効果が高い。半減期に応じて使い分けます。
- デュアルオレキシン受容体拮抗薬(スボレキサント、レンボレキサント、ダリドレキサント) – 覚醒物質オレキシンの働きを阻害し、自然な眠りを促します。
- メラトニン受容体作動薬(ラメルテオン)やメラトニン – 体内時計を整え入眠を促します。
- 抗ヒスタミン薬(ジフェンヒドラミン、ドキシラミン)や抗うつ薬(ドキセピン、トラゾドン) – 鎮静作用を利用しますが、翌日眠気や口渇などの副作用が出ることがあります。
睡眠薬は依存や転倒リスクを避けるため、医師の指導のもと短期間に限って使用し、定期的に見直します。漫然と飲み続けるのではなく、睡眠衛生とCBT-Iを併用し、薬に頼りすぎない治療が推奨されます。
国際的なガイドラインと治療のポイント
米国の内科医会や睡眠医学会は、慢性不眠症に対して認知行動療法(CBT‑I)を最初に提供すべきであると明確に述べています。これは薬物療法と同等以上の効果があり、効果が持続しやすいことが科学的に示されています。欧州のガイドラインでも、CBT‑Iを軸とした非薬物療法が第一選択とされ、薬物療法はCBT‑Iが利用できない場合や効果が不十分な場合のみ短期間の使用を検討するよう推奨しています。日本の睡眠医療ガイドラインも同様に、睡眠衛生の徹底とCBT‑Iを基本とし、ベンゾジアゼピン系や非ベンゾジアゼピン系睡眠薬は可能な限り短期間で中止する方針を強調しています。
薬物療法を行う場合は、患者の年齢や既往歴、副作用リスクを慎重に検討し、低用量から開始し徐々に調整します。特に高齢者では転倒や認知機能低下のリスクが高いため、短時間作用型を選択し、車の運転や機械操作への影響について説明します。オレキシン受容体拮抗薬やメラトニン受容体作動薬は自然な睡眠リズムに近い作用を持つため長期使用による依存性が比較的少ないとされていますが、それでも定期的な効果確認と副作用チェックが必要です。薬を使用する期間は数週間から数か月程度にとどめ、CBT‑Iや生活習慣改善と並行して減量を検討します。
近年は、インターネットやスマートフォンを用いたデジタルCBT‑Iプログラムも開発され、遠隔地でも専門的な睡眠治療を受けやすくなっています。重度の睡眠障害や他の精神疾患を合併する場合は、精神科医や睡眠専門医による総合的な評価と治療計画が重要です。いずれの場合も「絶対にすぐ治る」といった表現は避け、患者さんの状態や生活環境に合わせた治療を丁寧に提案し、定期的に効果を評価しながら進めることが大切です。
セルフケア・生活改善
規則正しい睡眠リズムを保つことが大切です。寝床ではスマートフォンやテレビを見ない、寝る前の入浴で体温を一旦上げてから下げる、日中に太陽光を浴びるなどで自然な眠気を誘います。カフェインやアルコール、喫煙は睡眠の質を低下させるため夕方以降は控え、就寝前の食事は軽めにします。運動は日中の適度な有酸素運動が推奨され、寝る直前の激しい運動は避けましょう。寝付きが悪いときは無理に眠ろうとせず、一度ベッドを出てリラックスできる活動(読書やストレッチ)をすると良いでしょう。瞑想やゆっくりした腹式呼吸、筋弛緩法などのリラクゼーション技術も効果的です。睡眠薬に頼りすぎず、生活習慣とCBT-Iを継続することが長期的な改善につながります。
睡眠日誌をつけて就寝・起床時間や昼寝時間、カフェイン摂取量などを記録すると、自分の睡眠パターンを客観的に把握でき改善に役立ちます。寝室を暗く静かに保ち、適切な寝具や遮光カーテンを用いることで眠りやすい環境を整えましょう。寝る前にラベンダーの香りや温かいカモミールティーなどリラックスできる香りや飲み物を取り入れることも効果的です。また、感情を整理するために日記をつけたり、就寝前に軽いストレッチやヨガ、マインドフルネス瞑想を行うことで心身をリラックスさせることができます。毎日のルーティンを決め、週末も極端な寝坊を避けるなど、一貫したリズムを守ることが改善に繋がります。
参考文献
- National Heart, Lung, and Blood Institute. Sleep Health.
- Cleveland Clinic. Sleep Deprivation.
- Sleep Foundation. What Are Sleep Disorders?.
- American College of Physicians. Clinical guideline for the management of chronic insomnia disorder in adults. 2016.
- American Academy of Sleep Medicine. Clinical practice guideline for the pharmacologic treatment of chronic insomnia in adults. 2017.
- Cognitive Behavioral Therapy for Insomnia (CBT‑I): a primer. Klin Spec Pshiol. 2022.
- 日本睡眠学会. 睡眠障害診療ガイドライン.